霧のブルノエアポート

チェコのブルノを拠点に浴びた芸術などについて記録。

ハンガリーでレミゼを観たら旧演出だった話─ミュージカル『レ・ミゼラブル』 ブダペスト/マダック劇場

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タイトルの通りです。

いや、正確に言えば少し違うのかも。とにかく、期せずして回るパリに行ってきました。

 

ミュージカル『レ・ミゼラブル』はおそらく日本で最もポピュラーなミュージカルのひとつ。隔年で公演も行われており、普段ミュージカルを観なくてもこれなら観たことがあるという人も多いのでは。

この作品は、日本では2013年に大幅な演出変更がありそれまでの回転盆を使った演出からより映画に寄った『わかりやすい』演出になった。今では旧演出と言われる演出版を私は観た事がなく、いつか世界で唯一旧版で上演していたロンドンで観たいと考えていた。それなのにクイーンズシアターでの旧演出上演は2019年7月で終了!

これで世界中のどこのカンパニーからも旧演出は失われてしまったと思っていたんですが……。

 

もう一生観れないものと思っていたそれをなんとブダペストで観れたんです!

詳細は下に書くとして、ひとまずいつもの劇場紹介から。

 

・劇場について

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マダック劇場外観 街中に建っている

このマダック劇場内がまるで美術館のようで綺麗だった。壁や廊下一面に絵が描かれており、実際に絵画が展示してある部屋もあった。

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こちらは今後の上演スケジュール。この劇場は短いスパンでいろんな公演を上演しているよう。

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垂涎のラインナップである

そしてキャストボード!キャスト順に注目してほしい。

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バルジャン、ジャベール、アンジョルラス。アンジョルラス!?アンジョが3番目にいることに衝撃を受ける。その他の順番も日本とかなり違う。アンサンブルさんは纏められており少々残念。

また演出がハンガリー人らしく、自国演出家なの凄いなと思った。

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パンフレットが600ft(約215円)だったのでハンガリー語全然読めないけど衝動買い。

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中身はこんな感じ

さあいよいよ客席内へ!

今回めちゃめちゃ良い席で見ることができた。一階11列目のど真ん中。

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座席表

この位置でなんと7000ft(約2,500円)!信じられない。という話をカナダ人の友人にしたところ"Almost nothing!!"と言われ、『実質無料』って表現英語でもするんだな、と思ったり。

半分この値段に背中を押されて観劇を決めたが、行ってみるものですね。

列番号がローマ数字で少し戸惑ったりしつつ無事に着席。

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この時点で正面にはブログ初めに載せているレミゼのシンボルマークのコゼットが映し出されているわけだが、旧演出に無知な私は(日本とは違うんだなあ)程度にしか考えず何が起ころうとしているのか全くわかっていなかった。

 

・開幕

今回も前回の『キャッツ』同様英語字幕付き。舞台上部のスクリーンにオリジナルの歌詞が映し出される。例によって私は脳内日本語字幕に頼っていたためあまり見なかった。

オーケストラはかなりアップテンポだった。ただ、どうやら博多座のオケはゆったりめらしいので余計に早く感じたのかもしれない。(私は博多座以外でレミゼを観たことがない)

あとこれは劇場の問題だが音響がちょっと微妙。少しオケの響きが悪く感じたり、マイクの音量がわかりやすく不均一だったり。

 

幕が開くと囚人の歌で炭鉱採掘をさせられており、これはまさか……?となる。

その後舞台が回転し始めたので旧演出と確信!場転でガラガラガラガラの音がするのを聞き、なるほどこれが噂に聞いてたうるさい大道具か……と思案顔になる。

仮釈放でジェルヴェー少年の下りがないなと思ったら、あそこは新演出で追加された部分なんですね。

 

ブログ冒頭に旧演出と「少し違う」と書いたのにはいくつか訳があって、その一つが映像の多用。下手すると新演出よりも出てきてた。教会、娼婦宿、馬車事故など大体背景にじわじわ動くカラー写真が投影されてるイメージ。

これはハンガリー版2015年公演から追加された模様。*1ちょっとくどかった気も。

 

それとすこし不満だったのが振付。なんだこの振りはってなる部分が数か所あった。

筆頭がODM。行進じゃなく、スローモーションで下に沈むようにカノンしていくなんともいえない動き。最後は面に一列になって終わるので、そのまま緞帳が下せずに客席の拍手が収まるのをまってスンッって数歩後ろに下がってから幕。芝居が切れてしまう感じであまり好きでなかった。

ちなみにマンホールは舞台中央ではなく下手側にありました。

 

 

ここからは役ごとの感想。

 

今回見た役者さんたちがたまたまそうだったのかはわかりませんが、全体的に恰幅の良い俳優さんが多かった。まずバルジャン、詰め物でもしてるのかというほどの大きさ笑 怪力に説得力が出るからいいのかしら……その分オペラ歌手の如く美しいハイトーンを聴かせてくれたので満足。高い音がスコーンと出る。裁きの24601の1にあたる部分(日本でいう「にーよんろくごーさーーーん」)も難なく響かせていて震えた。ジャベールはもともとちょっと疑っていた感じで法廷での驚きは少ないように感じた。

対決は全体的に動きが少なくちょっと物足りなかった。迫力に欠けるというか……。立ち回りらしい立ち回りがなかったんですよね……。もう少し泥くさく魅せて欲しい。

自分が全く分からない言語で観たうえで、BHHが印象に残っている。この作品の根底にキリスト教観が流れているのは言うまでもないが、 実際キリスト教が根付いている場所で鑑賞してそれをより強く感じた。最も色濃く出ていたのがBHHだった。あれはどうしようもなく『祈り』なんですね。これまでの力強い歌い方とは打って変わり、か細くささやくような声。組まれた指や十字を切る動きからも切実な想いが伝わってくる。もちろん頭ではここは神への祈りのシーンだとわかっていたけれど、受け取るものの質が違ったように思う。言語がわからないことで反対にこれらのことが浮き彫りになったように感じた。

 

次にジャベール。ジャベールも結構大きい。縦はバルジャン以上、横はバルジャンほどじゃなくても大きい……。全体的に『必要最低限しか体は動かさん』とでもいうかのように動きが少なめ。そのせいでバルジャン取り逃がしたり学生たちにあまりにもあっさり拘束されたりしていたのでほんといつでもドジなんだろうなあの警視。

気になったのが、Starsと自殺のみ新演出に近い形だったこと。Starsを橋の上で歌っていたんですが、旧はパリの街中と聞いていたような。自殺も宙づり演出はなかったが橋の欄干から飛び降り後ろのスクリーンにセーヌ川に沈むジャベールが映るのみ。盆まわしもなし。だから完全な旧演出ではなく旧にところどころ新演出が入った形なのかも。

 

続いてファンティーヌ。

他のファクトリーガールが髪を頭巾の中に仕舞い込んでるのに対して豊かな金髪の髪を靡かせているファンティーヌ。この髪色がコゼットにも引き継がれていて良かった。衣装も一人だけ派手な桃色で、たしかにちょっと浮いてる感じ。あと、体がグラマラスな上襟が大きく開いた衣装が多くドキドキする。お芝居はかなり勝気な感じ。からかわないでよ、のところも悲哀より怒りが先行しているように見えた。顔だちがはっきりしていたのもそう見えた一因かもしれない。表情がわかりやすくその後民衆バイト*2を一瞬で見つけられた。

工場長のセクハラが日本よりキツくてそのシーンは顔を顰めてしまった。

 

 

リトルコゼットとリトルエポニーヌは今回公演がデビューだったそう。小エポは積極的に小コゼットを虐めており日本よりも原作に忠実。セリフはないものの、宿屋でもテナルディエ夫妻と一緒に踊っていたりと出番多めだった。おそらく本人の都合だと思うんですが、眼鏡をかけており、バイト中も同じく眼鏡で判別がつきやすいため同行の友人が少し混乱していた。宿屋ではけてわりとすぐ乞食バイトとして出てくるので時間経過がわかりにくくなってしまったみたい。

 

その後乞食でマリウス・アンジョルラス、成長したエポニーヌ・コゼットが登場していよいよ役者勢ぞろい!アンジョルラスについてはあとで学生らと一緒にまとめて書くとして。

まずマリウスがものすごくよかった。私は今年海宝マリは一回だけ、内藤マリに至っては観れなかったこともありマリウスについて正直不完全燃焼だったのですが、大満足。まず歌が抜群に上手い。声量がありつつもバズーカ型ではなく、しっかりした歌声。プリュメや雨でも相手を邪魔しすぎず美しくハーモニーを聞かせてくれる歌唱。たしかに恋に浮かれている、浮かれているけど地に足はついているというか。目の前にあることをあまりにも実直にうけとめて、それをとにかく必死にこなそうとするマリウス。バルジャンの告白のシーンでは、すぐにはバルジャンを受け入れることができずに握手を求めて差し出された手を握り返すことができないまま立ち去ってしまう。

特筆すべきは恵みの雨のラストでしょう。日本と同じくマリウスの頬に手を伸ばして息絶えるエポニーヌの想いを受けとって、事切れたあとにエポに口付けるんです。額ではなく唇に。不思議と今更遅いわ!という怒りはわかず(日本のマリにはたびたびわく感情である)エポニーヌを綴じるのにこれ以上ふさわしい事はないだろうと感じた。多分ここ日本で観た時よりも泣いた。

あとマリウスも例に漏れずガタイがよかった。

 

エポニーヌは強かった。日本公演で演出から「エポニーヌは自分をみじめだと思ったりしない」という言葉があったと屋比久さんが語っていましたが、それがしっくりはまる。芯の通った歌声で群唱時も声がはっきりときこえてきた。

その分孤独が際立つ。強いから、一人で十分まっすぐに立っていられる。マリウスにも上手く手を伸ばせずにいて、ある意味不器用。

回転盆で一番感嘆したのがプリュメ〜襲撃のところだった。完全に舞台をわけるように出現する柵がマリコゼとエポを分断し、客席から見て柵の向こう側にいるエポが『独り』なのが強調される。そこから盆まわしで襲撃に場転する流れがもの凄く演劇的で、面白い。一気に場面が流れて場内の雰囲気もロマンチックなシーンにうっとしりていたところに緊張感が流れ始める。それからOMOも実際独り街を歩いているのが伝わってきていい。背後の高い住宅街を前にぽつんと立って歌い上げるシーンには迫力があった。

大した本だね、のところで本をぶん投げる振りはなくマリウスにちゃんと返していた。

旧演出だと彼女はバリケードに戻る途中でなんともあっさり撃たれてしまうんですね。知らなかったので今撃たれた!?とかなり動揺。マリウスを庇う形でもなく哀しい……。

 

さて、学生たちの話をします。

全体的に学生それぞれに個性を感じなかった。あまり原作の設定を落とし込んでいないのかもしれない。とにかくアンジョルラス一極集中。アンジョが落ちれば組織が一瞬で崩壊するのが簡単に想像できる。グランテールさえアンジョを崇拝している感じはほぼなく、戦いにも他のメンバー同様積極的に参加している。というかそもそも衣装が全然違うので歌割をききながら必死に顔と名前を一致させていくところからスタート。グランはすぐわかった。酒瓶持ってたから。

アンジョルラスは、「それは将軍ラマルク!」の時点で歌好きですってなった。はっきりと音が響いて聞いていると気分が高揚していく、不思議なカリスマ性のある声。少なくとも支えられるアンジョではなく、先頭に立つというのも少し違う。頂点という言葉の似合う首領。

なおこれまで散々男性陣の体格について触れてきたが彼はシュッとした感じだった。アンジョだしね。

コンブフェールとクールフェラックはミュザンでもバリケードでも比較的隣にいることが多かったかな。1度目の襲撃で倒れた仲間に動揺するクルフェを引き起こすコンがいたのは覚えている。それでもアンジョの両腕というのは全く感じず、ほかの学生らとあまり立場は変わらないように見えた。本当にただ1人アンジョがトップに立っている。

最後の戦いにもアンジョのカリスマリーダーぶりが強調されていた。客席からはバリケードから半身をのぞかせて銃を構える学生たちしかみえず(つまり日本とは反対側の視点)、かなり早い段階でアンジョを残してバタバタ散っていく学生たち。大砲の音が二回続けて響く部分になった時点で残っているのはアンジョのみ。アンジョは2度の砲撃を受けながらも立ち上がり、フランス国旗を掲げながら倒れていく。(宙吊りにはならない)ここまでアンジョを際立たせる演出もなかなかないのではなかろうか。

なおバリケードは舞台の1/4ほどしか高さがなく残念だった。二階までの高さのあるバリケードは本当にもう拝めないんだろうな……。

 

バリケードといえば、ガブローシュだ。旧演出あんなにつらいんですか?

新演出だと銃弾を集めている様子は見えないが、旧だとガブが飛び出していった後に盆まわしがあり銃弾を集めているところ、そして銃撃を受けるところ、最期まで完全に見える。命懸けで集めた銃弾も、遺体も仲間のもとに戻ることなく倒れるガブ、あまりにもつらい。

 

 

エピローグの「神様のおそばにいることだ」でマリウスとコゼットがそれぞれバルジャンの両手を握っている姿が本当に美しかった。

もう絶対に旧演出は絶対に観れないと諦めていたのでまさかこんな形で出会えるとは思っておらず、本当に幸せでした。

来年4月にも公演があるようなので旧演出が恋しい方はブダペストに飛んでみては如何でしょう?街自体とても素敵な場所です。

ではまた!

*1:マダック劇場では2003年以降12年公演がなく、2015年に戻ってきた際足された演出らしい

*2:レミゼにおいてプリンシパルキャストが本役以外の役を演じていること。マリウス、アンジョルラス、テナルディエが冒頭で囚人を演じているなど